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麦芽もホップも酵母も水も全て群馬産
赤字続きだったビール事業好転のきっかけは「ヤフオク」
(有)浅間高原麦酒 代表取締役 黒岩修氏

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今回は、創業から約30年にわたり地ビール醸造とレストラン経営に情熱を注いできた浅間高原麦酒(群馬・嬬恋)社長の黒岩修オーナーに取材を実施。バブルの終わりとともに始まり、厳しい時代を乗り越えてクラフトビールブームに乗るまでの苦労、そして地域にこだわり抜いたビール作りへの想いについて伺いました。
(聞き手:ハレノヒハレ 大塚辰徳 編集:内田勝治)

創業は地ビールとレストランの同時スタート

まず、御社の事業内容について簡単に教えてください。

黒岩修氏(以下、黒岩氏):1997年にレストランと併設してビール工場を立ち上げたのが始まりです。当時は地ビールのブームがまだ始まったばかりの頃で、群馬県でも2番目ぐらいにスタートしました。物珍しさもあって、お客さまには来ていただきましたが、地ビールというものがなかなか認知されず、ビール事業自体は非常に苦しい状況でした。

なぜ地ビールを作ろうと思われたのですか?

黒岩氏:ビールが好きだったこともありますが、1994年に酒税法改正による規制緩和があったのが大きなきっかけです。それまでは大きな製造量(年間最低製造量2,000キロリットル以上)がノルマでしたが、それが大幅に軽減(年間最低製造量60キロリットル以上)されました。「ちょっとトライしてみようか」という思い立ち、始めることにしました。当時は父の建設会社を手伝いながら、今の事業を立ち上げました。

創業前は父の建設会社を手伝っていました。私は嬬恋の出身で、高校を卒業後、前橋へ修行に行き、その後、地元に帰り家業を手伝っていました。しかし、建設業だけでは将来的にどうなのかという不安もあり、新しい事業としてビール作りを選びました。

創業当初、資金面で苦労したことはありましたか?

黒岩氏:ほぼ借金で始めたので、資金繰りは常に苦しかったです。当初は1億5000万円という巨額の借金を抱えた状態からのスタートでした。ビール工場とレストランの建設、そして土地の取得など、初期投資が非常に大きかったんです。
なかなか減らない借金との戦いが続き、ずっと自転車操業でした。でも、その借金があるからこそ、「逃げることは考えない」という覚悟で、地道に続けてきました。

別荘客が支えた経営と苦渋のレストラン休業

黒岩氏:地ビールがなかなか認知されず、売れない状況が続いていました。経営を支えてくれたのは、併設していたレストランです。周辺には別荘が多く、嬬恋だけで8000軒、北軽井沢などを含めると1万軒を超えていました。お客さまの99%が別荘の方々で、利用客がかなり多かったんです。
夏場やゴールデンウィークは1、2時間待っていただくような状況で、ピーク時は大忙しでした。特に人気だったのは、薪窯で焼くピザです。お客さまの多くはうちをビール屋だとは思っておらず、みんなピザを食べに来るんです(笑)。ピザは小さなお子さんも好きなので、ご家族連れも多く、別荘に来た祖父母らと一緒に、10人ぐらいの団体になって来てくれることが多かったです。
開業当初は年間7000万円弱ぐらいの売り上げがあり、9対1くらいの割合でレストランに重きを置いていたイメージです。

そのレストランを2024年に休業されたのは、どのような理由からでしょうか。

黒岩氏:別荘のオーナーさんの年齢が徐々に上がり、利用率が減っていきました。それに伴い、店の売り上げも少しずつ下がっていき、最盛期の7000万円から5000万円ぐらいまで落ちてしまいました。そして、一番の大きな理由が人手不足です。夏場やゴールデンウィークに集中して人手が必要になるのですが、観光業も農業も、みんな人が欲しい時期が重なります。経営を維持するために、人を確保するのが一番大変でした。従業員を常駐させるのもなかなか難しいし、私たち夫婦も年を取ってきて、体力的に厳しくなったという部分もあります。ビール作りも非常に体力を使う仕事なので、両立は困難でした。経営サイドからすれば、レストランは辞めない方がいいという意見も当然ありました。しかし、お客さまが集中する分、ハードな仕事になってしまい、体力的に無理だと感じたのと、ビール事業の売り上げがレストランを追い越してきたこともあり、最終的にビール事業に一本化することを決めました。
急に閉めるのはお客様にも申し訳ないので、今年はピザ営業を少しだけやりましたが、来年以降は完全にビール事業に集中する予定です。

缶詰機落札からの逆転劇と地ビールブームへの波乗り

ビール事業の売り上げを伸ばすきっかけは何だったのでしょうか?

黒岩氏:12、3年ほど前にレストランの売り上げが下がり始めた頃、ちょうどクラフトビールが盛り上がる少し前に、ヤフーオークションで中古の缶詰機を落札したんです。新品で買えば1500万円ぐらいする機械が、80万円ほどで手に入りました。それに修理費などをかけて導入しました。
それまでは、ほとんど手動のような半自動の充填機で瓶詰めしていたので、製造量が限られていました。しかし、ある程度自動の缶詰機が入ったことで、量産できるようになったんです。これで一気に数が捌(さば)けるようになり、流通に乗せやすくなりました。幸運なことに、缶詰機を導入したタイミングでクラフトビール市場が盛り上がってきました。ビール事業が動くようになってきたので、商工会の支援なども入り、近くの観光地、特に草津温泉に商品を展開しようという話になりました。そして草津のお土産として投入し始めたところ、これがヒットしました。今でも売り上げの約6割は草津のお土産の商品が占めています。ホテルやお土産屋さんで販売していただいています。その他にも、ふるさと納税や、最近では家庭用ビールサーバーのサブスクリプションサービスに参加させてもらい、全国で楽しんでいただけるようになりました。
レストランの売り上げが下がっていく中で、ビールの売り上げがそれを補ってくれる形となり、その後、レストランを追い越してくれたことで、事業を継続することができました。

30年で極めた「地産地消」と群馬愛が生んだ挑戦

フラッグシップ商品である「群馬麦酒」について、地域へのこだわりを教えてください。

黒岩氏:ほとんどのクラフトビールが輸入麦芽を使っている中で、「群馬麦酒」は群馬県産の麦芽を使っています。地産地消、つまり群馬らしさを出すために、あえてこだわって使っています。水は浅間の水、つまりうちの簡易水道の水を使っているのですが、山で湧いた水をそのまま使える環境にあります。また、一部のホップも自社栽培しています。最近は、ビールの発酵に必要な酵母も自社で培養するようになりました。以前は、フレッシュな酵母の香りの良さを求めて米国から輸入していたんです。年間で150万円ぐらいの費用がかかっていました。去年、設備投資をして培養クリーンルームを作り、自社で培養するようにしたんです。これによって、コストが削減できただけでなく、「嬬恋生まれの酵母」で発酵させるという、地域にこだわったビール作りができるようになりました。

味の面で変化はありましたか?

黒岩氏:全く変わりました。麦芽から作る製法では、麦芽のデンプンを糖に変える「糖化」という工程を、温度帯や時間を調整しながら進めます。酵母の食べやすい糖、食べにくい糖の割合を想像して作ることができるんです。この工程がビールのキャラクターを決める大事な部分になります。
自社生産の麦芽は輸入麦芽に比べて質が落ちるという難しさがありますが、30年近くかけて試行錯誤を繰り返し、やっと納得のいく味ができてきたという実感があります。お客さまに評価してもらえるようになったのも、結局は味なのかなと思っています。
地域連携の取り組みとして、群馬大学との共同開発で「こんにゃくビール」も作られています。
黒岩氏:消費低迷に困っているこんにゃく芋のデンプンを糖に変え、その糖を使ったビールを群馬大学さんと共同で作りました。試験醸造の際には4日間で600本が売り切れるなど、大きな反響がありました。群馬が抱える課題解決に貢献でき、大変嬉しく思っています。

逃げずにつかんだ「ハレ」と若い世代に託す未来

これまで事業を辞めようと思ったことはなかったのですか?

黒岩氏:もう嫌だなと思ったことはあります。ただ、逃げることは考えませんでした。会社を経営する上での責任を果たしたいという思いが強かったんです。資金繰りは大変でしたが、草津に商品を投入し始めた頃から、資金繰りもだいぶ良くなっていきました。

コロナ禍はどのようにして乗り越えられたのでしょうか?

黒岩氏:レストランは休業せざるを得ませんでしたが、草津で観光客向けのお土産補助が出た時期があり、お土産券でビールが爆発的に売れました。レストランに重きを置いていたら大変だったかもしれませんが、ビール事業が伸びていたおかげで、うまく乗り越えることができ、売り上げは全く落ちませんでした。これは本当に幸運でした。

今日(取材日)の浅間の空は快晴です。黒岩さんの人生を空に例えるとしたら、どんな天気になりますでしょうか?

黒岩氏:晴れです。30年近く頑張ってきたことがやっと報われてきて、雲もだいぶ少なくなってきているからです。苦しかった時期を乗り越え、ビール作りへのこだわりも深まり、納得のいく味で地域の方にも評価していただけるようになった今、道が開けてきたと感じています。

今後のビジョンについてお聞かせください。

黒岩氏:もちろん、浅間高原麦酒がこの先も残ってくれることが一番いいなとは思っていますが、後継者や事業継承といった課題はあります。今は、地域おこし協力隊で入ってくれた若い社員に、うまく継承していければという思いを持っています。事業を拡大していきたい思いはありますが、今は人手が少ないので、なかなか難しいのが現状です。工場を拡大したいというところも、今は足踏みしている状態です。まずは若い世代にうまく引き継いでいけるよう、土台を固めていきたいと考えています。

最後に、読者やお客様に向けてメッセージをお願いします。

黒岩氏:私たちは地域に根ざし、本当に地元のものにこだわってビールを作っています。麦芽、水、そして嬬恋生まれの酵母と、徹底した地産地消に取り組んでいます。性能が落ちると言われる群馬県産の麦芽でも、長年の情熱と試行錯誤で、ここまで美味しいビールが作れるようになりました。ぜひ一度、私たちがこだわって作るビールを味わっていただけたら嬉しいです。

取材を終えて 撮影小話

大塚:黒岩オーナーとは私が学生時代からお付き合いさせていただいています。避暑地のバイトを紹介されてオーナーのレストランで働いたことが出会いです。それから夏休みの度に4年ほど働かせていただきました。
黒岩氏:(大塚)たっちゃんは本当に信頼できる人物です。ブレインもいっぱいいて、仲間を一緒に連れてきてくれるので、本当に助かりました。私は叔父が保険会社をやっていたので、そちらの仕事では絡むことはないと思っていましたが、叔父が会社を売却してリタイアしたので、1年半ほど前から色々と相談に乗ってもらっています。
大塚:クラフトビールを製造する業者はなかなかありません。飲食店や物販としては形作られているので、お店に置くなど、色々な形でお力になれたらと思っています。オーナーが持っているきめ細やかな泡が出る専用ポンプで飲むリアルエール(ギネスビール)が最高においしいんです!オーナーの作るビールには大変お世話になっているので、全国に広めていける取り組みを行っていきたいです。本日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします!