ハレ街メディアでは、未来のハレを創り出す挑戦者たちの物語を発信しています。今回は、マンションの大規模修繕等を手掛ける小林住建企画(埼玉県川口市)代表取締役社長の小林慎二(こばやし・しんじ)氏、同社専務取締役である地曳剛史(じびき・たけし)氏に取材を実施。住宅修繕の事業内容や創業の経緯、社長が考える「ハレノヒ」についてお話を伺いました
(聞き手:ハレノヒハレ 大塚辰徳 編集:ライフメディア 岸のぞみ)
屋根や外壁の修繕からスタートした住宅修繕事業
まずは御社の事業内容について改めて簡単にお聞かせください。
小林慎二(以下、小林氏):創業当初から続けているのが、屋根や外壁等の修繕事業です。そこから派生して、現在ではフローリングやクロスの張り替え、トイレ・お風呂の交換、退去者が出た際のマンションの大規模修繕など、住宅に関するあらゆる工事業務を請け負っています。戸建てで大きな庭をお持ちのご家庭の場合は庭木の剪定などにも対応しています。30m超ある高所作業車を出して作業する特殊伐採と呼ばれる作業も請け負います。
御社の強みについてもお聞かせいただけますでしょうか。
小林氏:火災保険でカバーできる災害にもかかわらず、専門家はないので正しく申請できないケースがあります。そのようなケースでは当社がお客様の代わりに専門家としてサポートした上で適切に申請手続きをしていただきます。
地曳剛史氏(以下、地曳氏):事前に連絡をした際に保険会社から「保険が下りることは確実なので工事を始めていただいて大丈夫」と言われるケースも中にはあるのですが、この段階では当社は工事を着手しません。金額がいくら下りるかわからないためです。そのような場合は当社から保険会社に改めて連絡を入れて申請をし、見積もりを取って実際に保険額が確定した段階で、確定した金額の範囲内でできる修繕を提案・実施していきます。
例えば2022年6月、埼玉県春日部市では大規模なひょう被害に見舞われました。路面が白く染まるほどの大粒のひょうが降り積もり、1万棟近くが罹災。窓ガラスや屋根、外壁、雨どい、シャッターなどが穴だらけになって破損し、住民の方々が困っていました。ひょうによる被害は火災保険の「風災・雹災・雪災」の補償でカバーできる場合が多いため、火災保険に加入されている場合は適切に申請していただくことにより多数の修繕を請け負いました。
小林氏:現在はこのような災害以外の際にも安定して仕事を請け負えるようにと住宅に関するさまざまな修繕を引き受けています。そのため、災害時の修繕は全体の1割程度に留まりますが、お客様との信頼関係を築いてきた創業以来の大切な事業であり、当社の大きな特徴となっています。

借金からの脱却のため、弟との二人三脚で事業を開始
創業の経緯についてもお聞かせください。
小林氏:実は我々は3人兄弟で、私はもともと長男が立ち上げた会社に10年以上在籍し、旭化成やダイワハウスなどが手掛けるマンション等の屋上やベランダの防水作業、外壁や門扉などの外構部分の工事を請け負っていました。実はこの頃、プライベートでは20歳から連れ添った妻と離婚。給料が十分といえない中で子どもを引き取るなどさまざまな事情が重なり、大きな借金を抱えることになってしまいました。このままでは返済しきれないと感じ、昼夜休みなく働くだけでなく、知人からアルバイトの依頼があれば休日返上で働くなど、寝ずに働き続けましたが、だからといって給料が劇的に上がるわけでもありません。そこで、働けば働いた分のリターンが見込める仕事に転向するしかないと考え、2015年に独立を決意。その後、2018年に法人化しました。
地曳氏:当時自分は別の会社で溶接の仕事をしていたのですが、プライベートでは不妊治療の費用捻出に苦慮していました。そこで兄の仕事を手伝って結果を出すことができれば不妊治療を継続して子どもを授かることができるのではないかと思い、兄の会社で働くことを決めました。
創業当初のご苦労についてもお聞かせください。
小林氏:創業当初は1軒1軒ご自宅を訪問し、「何かお手伝いできることはないですか」と尋ねて歩く日々でした。設立当社はとにかく0からのスタートでお金もなく、本当に大変でしたね。道具も買えなかったので、50円や100円で売られていた中古のハンマーを購入して使っていました。
地曳氏:ハシゴもなくて実家の千葉県まで取りに行っていましたし、車も中古で購入した10万円ほどの車で、今にも煙を吹いて壊れそうでした。他にも、お金がなくて専門業者に依頼できなかったため、名刺やチラシも試行錯誤しながら自分たちで作りました。登記できる住所もなかったので私が自宅マンションを購入して自宅兼事務所にするところから始めるなど、苦労はつきませんでした。
小林氏:お互いの目標のためにとにかくがむしゃらに働きました。その甲斐あって、何とか独立して2年ほどですべての借金を返済することができたのですが、事業を拡大しようと1人また1人と工事の人手を増やした結果、数千万円の利益を溶かしてしまうことに。人数が増えすぎると目が行き届かなくなりうまくいかなくなるのだと学びました。

家賃滞納の実家で育ち、数十年後に夢の戸建てを購入
設立以降の辛い時期をどのように乗り越えられてきたのでしょうか。
地曳氏:とにかくがむしゃらだったので、辛いなどと考えている暇はなかったよね。
小林氏:うん。でも家では泣いていましたね。勝手に涙が出て、柱を叩いて怒りを鎮めたことも。でも私が独立したいと言ったときに、息子から「お父さんなら絶対失敗しない。お父さんならやれる気がするんだ」と言われたんですよ。その言葉に勇気をもらって、何とか走り続けることができましたね。
そんな厳しい状況下でも大切にされてきた思い、こだわりはありますか。
小林氏:情を持つことですね。働きたいという子がいればアパートを借りてあげるなど、情を大切に接してきました。結局その子は1カ月で辞めてしまいましたが、そういう情はこれからも忘れずにいたいと思いますね。古い人間なので。
そんな小林社長にとって、これまでで一番の「ハレの日」はどのような日でしたか?
小林氏:会社を設立した日でしょうか。創業当時の2015年頃は本当に厳しい状況でしたが、会社を設立する2018年頃になると少し安定し、工事用の車も新車で3台購入できるようになり、作業員の方も15名ほど雇えるようになりました。
今日(取材日)は気持ちのいい快晴です。今日の空を人生に例えるとどのようなものになりますか?
小林氏:今から6年前、2階建ての戸建てを購入したときを思い出す空ですね。
地曳氏:実家は非常に貧乏な家で、親が家賃を4年滞納していたり、先生から「給食費が払えないなら給食を食べられないよ」と言われたりと、経済的に厳しい家庭で育ちました。だから「小林家で家を買えるなんて!」と親戚の家に行くとよく驚かれるんですよ。よくここまでで来たな、と。
小林氏:10年前は多額の借金を背負い、人生のドン底でした。そこから、会社を設立して、大した金額ではないけれど、新車も買えるようになった。走行距離15万㎞の中古車しか選べなかったところから、新車という選択肢を増やすことができた。借金を返済し、人を雇い、再婚し、家を買うこともできた。今日の空からは、そんな日々の喜びを感じます。

最後に、未来の晴れを実現するために最も大切にしていること、そして今後の展望についてお聞かせください。
小林氏:この事業自体を大きくしていきたいという思いもありますが、リフォーム事業だけだと価格競争に終始してしまうことも多いため、住宅関連事業にこだわらず、異業種でも何か新たな事業を模索していきたいと考えています。自分たちで何か0から立ち上げるというよりは、同じような思いや夢を持ってくださる人たちと一緒に何かできないか。これからいろいろと考えていきたいです。
――ありがとうございました!
取材を終えて 撮影小話
小林氏:稲葉さんとはもう5~6年の付き合いになりますかね。妻がフィナンシャルプランナーの資格を取得しようとしていた際に聴講していたセミナーの講師が稲葉さんだったんですよね。そこからご縁がつながり、税理士なども紹介していただきました。
大塚:今回の取材を通して改めて「仕事とは、目の前の作業をこなすことではなく、お客様の人生や財産を守ること」だと感じました。100円のハンマーから始まり、10万円の中古車、そして大規模修繕へ。規模が大きくなればなるほど、責任も大きくなります。その中で「保険を確認してから着工する」「想定外を想定する」という姿勢は、まさに「守る経営」そのものですね。
小林氏:ハレノヒハレさんもすごい勢いで成長されていますよね。
大塚:とんでもありません。今日お話をお伺いして、私たち営業の仕事も御社の仕事と同じだと感じました。「万が一」が起きてからでは遅い。だからこそ、起きる前に備える。数字や商品だけでなく、その背景にある想いまで受け止めながら、お客様の大切な資産・ご家族・事業を守るお手伝いをしていきたいと改めて身が引き締まる思いです。今日はありがとうございました!
















