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ミリ単位で顧客の要望を聞く銅版画材料店不安を抱えながらも父の意思を継ぎ5代目社長に(有)萩原市蔵商店 代表取締役 平出亜矢子氏

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ハレ街メディアでは、未来のハレを創り出す挑戦者たちの物語を発信しています。今回は、全国的に珍しい銅版画用の商品を主とした販売を行っている萩原市蔵商店(東京・台東)の代表取締役を務める平出亜矢子氏に、事業継承時の苦労や今後の展望などについて話を伺いました
(聞き手:ハレノヒハレ 大塚辰徳 編集:内田勝治)

最初は重要書類がどこにあるかも分からず

まずは、萩原市蔵商店の事業内容について教えてください。

平出亜矢子社長(以下、平出氏):主に銅版画の材料や印刷材料を販売しております。銅板は通常、定型サイズで販売されており、希望のサイズに切ってくれる業者はほとんどありません。萩原市蔵商店では、ミリ単位でお客様の要望に応じて裁断しご提供することが可能です。木版画は小学生の時に経験された人も多いと思いますが、銅版画はあまり知られていません。分かりやすく言えば、お札は銅版画と同じ技術で作られております。刷り上がりは木版とは違いかなり細かい線も出るので、とても繊細な画ができ上がります。

 銅版画用品のほかに、薄いアルミ板を使用して描くリトグラフや、ポリエステル繊維の紗を用いたシルクスクリーンなど、インク、溶剤、版画用紙、用具を取り揃えております。

どういったところに製品を卸しているのでしょうか?

平出氏:美術館さん、美術大学さんに納めています。また作家さんを含む個人のお客様も多くいらっしゃいます。今では200社近くとお付き合いがあり、個人の方との交流も含めると、さらに何百となります。これまで、池田満寿夫さんや、浜口陽三さんといった著名な版画家ともお付き合いがありました。

社長に就任したきっかけは何だったのでしょうか?

平出氏:萩原市蔵商店は1890年(明治23年)創業で、父が受け継いでいましたが、昨年に亡くなり、私が5代目の社長になりました。私は大学を卒業後、結婚し主婦業をやりながら病院の受付をしていました。父が高齢になり、「自分の代で会社を終わらせたくはないので会社を手伝ってくれないか」と言われて、最初はパートとして働くようになりました。

会社を引き継ぐにあたり、苦労したことはありましたか?

平出氏:最初は引き継ぐか迷いましたが、会社を続けてほしいという要望も多くありましたので、できる限りのことはやってみようという気持ちで引き受けました。父から直接、事業継承のことを聞いたわけではありません。そのため、最初は全く分からず手探り状態で、とても苦労しました。重要書類がどこにあるかも分からず、どういう形で会社を運営していくかも教えてもらえずにいたので、苦労するのは分かっておりましたが、飛び込みました。仕事内容は勿論分かりますが、その他の見えない仕事、例えば税金の支払いや納品形態など。細かい部分が把握できていなかったので、周りの方々に助けて頂きながら、会社を続ける事が出来ました。

仕事をする上で嬉しかったこと、大変だったことを教えてください。

平出氏:弊社のような会社は全国的にもあまり存在しておらず、こういう会社があってよかった、今後もお付き合いさせてくださいという声をいただくと、事業を続けてよかったと思います。今は配達をしてくれる男性社員と、事務作業をしてくれるパートの妹と合わせて3人でやっています。学校など年度が始まる3~5月は繁忙期で注文が集中するため、なかなか期限までの納品は大変です。日々ミリ単位で銅板を切るので、寸法を間違えてしまうと破棄しなければなりません。焦ると失敗をしてしまうので、とにかく慎重に、間違いなく作業することを第一に心がけています。また昨今の経済事情から全ての材料において値上げが著しく、仕入れにも苦労しています。

パートで働いている時に毒物劇物の国家資格取得

平出社長がこれまで力を入れてきたのはどんなことでしょうか?

平出氏:パートで働いている時に、国家資格の毒物劇物取扱責任者を取得しました。1年間、毎週図書館に通って勉強しました。銅版画は版を腐食させる工程があり、その腐食剤として劇物を使用することがあります。そういった薬品も色々と取りそろえています。劇物の薬品は発送する事が出来ないので、全国から薬品を求めてご来店される方もいます。
私は手芸や洋裁が大好きで、その関連の大学を卒業しました。今の仕事は、結構細かい手作業を要するので、勉強していてよかったと思います。

ハレノヒハレは平出社長にとってどういった存在ですか?

平出氏:ハレノヒハレさんとは、事業継承について色々と相談に乗っていただいたところからお付き合いが始まりました。事業をやっていく上で、どのような保険に入ったらいいのか、どういうものが必要なのかということが全く分からなかったので、そこを教えていただいたのは本当に助かりました。頼りがいのある存在だと思っています。

未来のハレを実現するために、意識していることはありますか?

平出氏:お子さんや若い方の人数が減り、版画をやる方も右肩下がりで減ってはいますが、一方でやりたいという方も一定数いらっしゃいます。そうした方たちに向けて、今まで通り丁寧な対応をし続けることを心がけています。銅は以前と比べると倍近い価格になっていますが、なんとかギリギリまで販売価格を抑え、皆様が買いやすいよう準備を進めて行きたいと思っております。

人生を空に例えるとしたら、どんなものになりますでしょうか?

平出氏:曇りのち晴れですかね。雲はたくさん出てきますが、それを吹き飛ばして晴れにしていきたいと思っております。

銅の端材を使ってのアップサイクルを模索中

今後の展望についてお聞かせください。

平出氏:新規のお客様も増えており、そういった方に向けた商品も色々と提供していきたいと思っております。まだ検討中ですが、社長業がもう少し落ち着きましたら版画だけではなく、視野を広げて何か違うことをやってみたいですね。現在は材料のみを販売するのみで自社で何かを作るということはやっておりません。今後は何かを製作し販売するというのも手掛けていければと考えております。銅を切った際に端材が結構出ます。銅は抗菌作用があるので、それを使った防臭剤や脱臭剤など、アップサイクルのようなことができないかとも考えております。

お客様やハレ街メディアの読者に向けてメッセージをお願いします。

平出氏:会社自体はとても小さいのですが、北海道から沖縄まで、全国にお客様がいらっしゃいます。その方々に満足していただけるような商品を提供していきたいと思っております。美術や版画に少しでも興味がある方がいらっしゃいましたら、ご質問など些細なことでも構いませんので遠慮なくご連絡いただければと思います。

取材を終えて 撮影小話

大塚:私は今、上野法人会を回らせていただいておりますが、社歴の長い会社さんが多く、社員が100人以上いる企業さんもあれば、今回取材させていただいた萩原市蔵商店さんのような少人数の企業もあります。萩原市蔵商店さんは、手掛けていることが特殊で面白いんです! 平出社長は当初、事業継承に悩まれていて、私のお付き合いしている税理士先生を紹介したりもしました。

平出氏:父に事業継承のことを「教えて」と何度聞いても「まだいい」の一点張りで、そのうちに亡くなってしまったので、最初は本当にどうしていいか分からないことだらけでした。ハレノヒハレさんには、最近では相続のことも相談に乗っていただき、本当に助かっています。

大塚:相続も一通りは終わりましたので、今後は仕事に専念できるのではないかと思っています。弊社としましては、萩原市蔵商店さんを若い人たちにも広く知ってもらうために、LINEのアカウント作成などをお勧めしたりしながら、今後はできる限り売り上げに貢献、サポートできるよう頑張っていきたいです。平出社長、ありがとうございました。