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「還暦の今が第2の人生の始まり」見据えるのは世界、節句人形会社4代目の挑戦(株)マル武人形 代表取締役社長 関口典宏氏

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ハレ街メディアでは、未来のハレを創り出す挑戦者たちの物語を発信しています。今回は、雛人形、五月人形、羽子板といった節句人形の制作、卸、小売りを手掛ける株式会社マル武人形(埼玉・鴻巣市)社長の関口典宏氏に取材を実施。会社の歴史や展望、そして社長の考える「ハレノヒ」についてお話を伺いました。
(聞き手:ハレノヒハレ 大塚辰徳 編集:カワラバン 西田かおり)

受け継ぐ伝統と、時代に寄り添う女性ならではの感性を活かす

まずは御社の事業内容について改めて簡単にお聞かせください。

関口典宏社長(以下、関口氏):弊社は、埼玉県鴻巣市で設立70年になる節句人形の制作・販売会社です。鴻巣は江戸時代から続く「雛人形のまち」として知られ、約400年の伝統を受け継いできました。弊社の特徴は、全国でも数少ない人形工房を持ち、制作から卸、小売りまで手掛けている点にあります。

 自社工房は「平安道翠(どうすい)」という名で、三代続く女性伝統工芸士を中心に、現在15名の女性スタッフたちが在籍しています。工房では、雛人形の着物のデザインや縫製、着せつけまで、スタッフたちの手で一つひとつ丁寧に仕上げています。

雛人形作りのこだわりをお聞かせください。

関口氏:まずは品質ですね。伝統技術を継承し、良いものを作っていくことです。例えば、十二単(じゅうにひとえ)の着物は、外から見えるところは一部ですが、見えない部分まできちんと手を入れ、できる限り本物の着物に近い仕上げを心がけています。

 また、トレンドに合った色使いにもこだわっています。数十年前であれば、赤や紺を基調とした豪華絢爛な雛人形が主流でした。昔と比べて一層、ママさんを中心に人形を選ぶご家庭が増え、リビングに合うような淡い色やナチュラルな色などが人気。豪華さよりも、可憐な美しさを求める方が増えていますね。

市場のトレンドを掴むために、日頃から意識していることはありますか?

関口氏:街をウロウロすることです。社員にも「たまには東京に行っとけよ」と言っています。鴻巣から東京まで、電車で片道1時間ほどで行けますからね。都会の街は、歩いているだけで流行の色やデザインなど、様々な気づきがあります。やはり、自分の足で動き、リアルな市場の空気を感じ取ることが大切だと思います。

 販売方法も、今のニーズに合わせていく必要があります。昔なら「娘さんのために豪華な雛人形を買ってあげましょう」と言われれば、それが当たり前の価値観として受け入れられたかもしれません。しかし、今は違います。価値観が多様化している時代ですから、「飾る意味」を感じてもらうことが大切なのです。

例えば、どんなことでしょうか。

関口氏:雛人形は、飾って鑑賞するものと捉えられがちですが、実は触るものなんです。「なでもの」という考え方があり、人形をなでることで、お子さんの怪我や病気などの災厄を引き受けてくれるといわれています。人形に邪気を吸い取ってもらい、お子さんが1年を健やかに過ごせるようにとの願いが込められているのです。

 「買ったら毎年飾らなきゃ」と考えると、面倒に感じてしまうかもしれませんが、こうした意味を知ることで「今年もしっかり厄払いをしよう」と前向きな気持ちになれるのではないでしょうか。

「早く片付けないとお嫁に行けなくなる」という言い伝えのほうが印象にあります。

関口氏:そうですよね。でも、それによって本当に結婚が遅れることは、もちろんありません。片付けの大切さを子どもたちに伝えるために言い継がれてきたのでしょうね。毎年雛人形の片付けを通して、整理整頓の習慣を身につけ、きちんと片づけのできる大人へと育ってほしいという願いが込められているのだと思います。

 近年では、少子化と“節句離れ”により、節句人形の市場は縮小傾向ですが、飾る意味に納得していただければ、雛人形を求めてくださる方は必ずいらっしゃいます。その「意味」を丁寧に伝えていくことも、私たち人形店の大切な役目だと考えています。

突然の不幸から、社長就任。妻と挑んだ再出発

今年で会社設立70周年とのこと。創業からの歴史を簡単にお聞かせください。

関口氏:私の祖父が初代社長として会社を興しました。祖父は老舗の人形店の末っ子として生まれ、そこから分家した形のようです。銀狐を飼って大きくし襟巻屋さんに売って資金を作ったり、国鉄職員のための購買部で人形を販売したりしていたと聞いています。

 その後、私の父が2代目、叔父が3代目と社長業を継ぎ、私は3代目で4人目の社長です。私が子どもの頃は「家業は子どもが継ぐもの」という風潮がまだ根強くありましたから、私自身も物心ついた頃からいつか家業を継ぐ意識はありました。ただ、一度は他の業界を経験して視野を広げたいという思いがあり、大学卒業後は大手の製薬会社に就職したんです。
 
 28歳のときに家業に戻り、一社員として基礎から仕事を学びました。その後、常務、専務と段階を経て任せてもらいましたが、自分が子どもの頃からこの会社で働いている古参社員もいますので、その頃は自分の立ち位置の難しさを感じる場面もありましたね。

 社長に就任したのは10年前、50歳でした。ちょうどその頃、わずか5カ月の間に、当時の社長だった叔父と、会長だった父が相次いで亡くなりました。突然、私たち夫婦が会社の最前線に立つことになり、悲しみに浸る間もなく、なんとか会社を守ろうと専務についてくれた妻とともに必死に動き回ったのを覚えています。

その局面を、ご夫婦で乗り越えてこられたのですね。

関口氏:妻は決断力やリーダーシップを持っている女性なので工房に関しては彼女に任せ、会社のためになることは積極的に改革していきました。衣装に使う布地選びもその一つです。

 先代の頃は、社長の好みに合うような色や柄を布地屋さんが勧めてくるのが一般的でした。世代交代を経てからは、今の時代の感覚に合った、ママさんたちが「かわいい」と思える色や柄、色合わせを女性たちの目線で選ぶようになりました。衣装の雰囲気に合わせた小物もデザインしているので、統一感のあるおしゃれな雛人形に仕上がっていると思います。

 女性主導で進めてきたことで、社内の風通しが良くなり、意見も出しやすい環境になったと思います。これからもお客様目線を第一に、試行錯誤を繰り返していきたいですね。

60歳からの新たな挑戦 海外にも節句人形の魅力を伝えたい

未来のハレに向け、今後挑戦していきたいことはありますか?

関口氏:日本の節句人形の魅力を、これからは世界にも伝えていきたいと考えています。2022年には、パリのカトリック教会からご依頼をいただき、キリスト降誕を表現した雛人形を制作しました。クリスマス当日には、パリ外国宣教会本部の正面に、自社の人形が飾られたのです。受け継いできた日本の伝統を、こうして海外に発信できたことはとても光栄な経験でした。

 着物に使う布一つをとっても、日本の伝統的なものづくりは世界に誇れる魅力があります。その価値を、これからも先頭に立って発信していきたいですね。保険をお任せしているハレノヒハレの大塚さんとは、いつもそんな思いを熱く語り合っています(笑)。

これまでの人生で、一番の「ハレノヒ」はいつでしょうか?

関口氏:まさに今、ですね。社長に就任して10年、その間に取り組んできた様々な改革が、ようやく形となって実を結びつつあると感じているからです。社内体制の見直しや雛人形のデザインの刷新に加え、広告手法も変えました。長年続けていた紙のチラシをすべてやめ、SNSで情報発信を始めたところ、ママさんたちの来店が明らかに増えてきました。

 これまでと違うことに取り組むのは、やはり最初は不安もあります。いつもドキドキしますよ。それでも思い切って踏み出し、こうして成果につながると、「あのときやってよかった」と心から思います。
 
 また、今年はちょうど還暦の年です。還暦というのは60年で1周回ってリセットされるということなのだそうです。今が第2の人生の始まりだと思っています。

取材日の本日、埼玉県の鴻巣市は曇り空です。この天気を人生に例えるといかがでしょうか。

関口氏:天気は確かに曇りですが、これで今日の仕事が終わりなので、気分は快晴です(笑)。

取材を終えて 撮影小話

大塚:関口社長とはよくお話ししますが、ご自身の実績をあまり語られないんです。パリのカトリック教会の話は少し出ましたが、総理大臣官邸に人形を納めたり、サザンオールスターズのCDアルバムの表紙で人形が使われたりと、すごいエピソードが沢山あるんです。私の方があれこれ自慢したくて、取材中ずっとムズムズしていました(笑)。

関口氏:そうだったのですね(笑)。各方面からお声がけいただけるのは、本当にありがたいことです。

大塚:これからの海外展開についても、社長の熱い想いをよく知っていますので、しっかりと伴走していきたいと思っています。

関口氏:はい、今後もよろしくお願いします。大塚さんは、保険担当者でありながら、私にとっては経営コンサルタントのような存在でもあります。困ったことを相談すれば、豊富な知識や人脈をもとに様々な提案をしてくださるので、いつも勉強になりますし、心強く感じています。

大塚:そんなふうに言っていただき、恐縮です。マル武人形さんの雛人形は、写真で見ても十分に美しいのですが、実際に店舗でずらりと並ぶ光景は、まさに圧巻。読者の皆さまにも、ぜひ足を運んでいただき、その迫力と繊細な美しさをぜひ間近で感じていただけたらと思います。本日は、貴重なお話をありがとうございました。