ハレ街メディアでは、未来のハレを創り出す挑戦者たちの物語を発信しています。今回は、板金工具専門メーカーである株式会社直徳(埼玉・鴻巣)会長の岩上茂氏に取材を実施。会社の歴史や鍛冶職人の技術伝承、そして会長が考える「ハレノヒ」についてお話を伺いました
(聞き手:ハレノヒハレ 猪股恵美 編集:ライフメディア 岸のぞみ)

グループ創業以来100年で培った技術力で職人さんに寄り添う
まずは御社の事業内容について改めて簡単にお聞かせください。
岩上茂会長(以下、岩上氏):当社はハサミ(鋏)・板金工具専門メーカーとして、建築板金事業者の皆様が使用する金切バサミや板金ハサミといった専門工具の製作・販売を手掛けています。
このような工具は金型を使って機械で製作するのが一般的ですが、当社の場合は鋼材を炉の中で熱し赤めてハンマーで叩く、いわゆるハンドメイドでの工具製作を特徴としています。
板金工具というジャンルはあまり耳慣れない方がいらっしゃるかもしれません。例えばどのような場所で使用されている工具・技術になるのでしょうか?
岩上氏:家や倉庫、神社仏閣の屋根や外壁材、流し台などのステンレス材などには、0.3㎜から1㎜程度の薄い金属の板が使用されています。板金工具はこうした金属の板を切断したり、加工したりする際に使用する工具です。
建築板金の職人さんたちは、手の大きさ、握り方などによって、それぞれ作業しやすい工具の形が異なります。刃を長めに、柄を太めに、幅を広めに、といった職人さんたちのご要望に対して、既製品の工具で対応するのは簡単ではありません。そのため、当社は、伝統あるハサミ鍛冶技術を使って職人一人ひとりの好み・特徴に合った工具をハンドメイドでお作りしています。ご要望に合わせて製作していった結果、例えばハサミのジャンルでは150~600㎜の各サイズ、60種類ものラインアップを取り揃えるまでになっています。
材料切断から仕上げまでの約85工程すべてを自社工場で手掛けている企業はそう多くありません。グループ創業以来100年ほどの間に培ってきた技術力をもって、建築板金の職人さんに寄り添っています。

直徳の技術力の秘密はどこにあるのでしょうか。
岩上氏:日々の営業現場でのヒアリングはもちろんのこと、全国板金工業組合の全国大会や製造現場の皆様が集まる展示会の即売会などに出展し、お客様の声を直接聞くことに力を入れています。各県の材料店様の展示会には50~200社ほど来場頂き、また板金工業組合の全国大会には3000~5000社の事業社様が来場されます。こうした場で、お客様の声に耳を傾けると金属加工の際になるべく元の形状を壊さず、変形させないような工具を望まれていることなどの隠れたニーズが見つかります。こうして丸形のハサミや波形のハサミなど、各成型板の形状に合わせたハサミが数多く生まれ、種類が増えていきました。
また、板金業者の皆様に我々の伝統技術をご覧いただきたいという思いから、岩上製作所の工場を開放し、ご来社いただいた方々に積極的に見学をお勧めしています。こうすることで信頼感を醸成しながら、我々も常にお客様の評価を意識することで緊張感をもって製作に当たっているのです。
技術者の育成において何を大切にしているのでしょうか。
岩上氏:テクニックではなく、熱意ですね。本人の学ぼうという意識を大切にしています。鍛冶職人から鍛冶匠(かじたくみしょう)になるには30~50年かかります。油まみれになりながら、ものづくりに関心を持ち、お客様からのオーダーに「できない」と考えこまずできる方法を考える。一人前の職人になるのに、終わりはないんですよ。

22歳で販売会社の責任者へ 顧客ゼロで半年間もがく
直徳は創業50年を迎えますね。
岩上氏:製造を担う岩上製作所は創業108年、販売・商社機能を担う直徳は創業50年が経過しました。創業当初からの約50年の間、祖父・父の代の岩上製作所は製造だけを担い、販売については商社に外部委託していました。
商社の持つ販路を利用すれば岩上製作所は製造に集中することができて顧客数も安定します。一方で、1カ月に600丁と増加するに従い卸単価を10~20%の値引きをお願いしたいといった値引き交渉も発生します。技術とブランドと社員の生活を守るために、前述の商社と袂を分かち、自分たちで販路を切り開き、自分たちで値段を決められるよう設立したのが直徳です。素直に徳を積みながら製造・販売していく。そんな気持ちを込めて父が社名を名付けました。
昭和50年、22歳で直徳を担うことになった岩上社長。創業当時はどのように販路開拓を進めていったのでしょうか。
岩上氏:直徳の創業当初は私ともう1名、たった2人での創業となりました。そもそも当時の私は板金業界の技術者の方々がどんな材料や工具を使って作業しているのか何も知りませんでした。しかも契約を打ち切った商社からは当時使っていた屋号を使用してはならないと言われており、既存顧客ゼロからのスタートとなったのです。
埼玉県の板金事業者名簿を使って営業回りをすることから始めましたが、カーナビもありませんしホームぺージもありません。朝、名簿を調べて昼に出かけ、午後にまた名簿を調べて夕方に出かけるという毎日で、営業には苦労しました。門前払いされることも多々ありましたし、うまく商談テーブルに着くことができたとしても、必要な知識がなく相手にされないこともしばしばでした。
「サンマ(刃の長さの長い直刃の刃物のこと)はあるか?」「バッタはやっているか?」と聞かれても専門用語がわからないので話になりません。「殿様バッタかしら」などと見当違いのことを思い浮かべながら、一つひとつ頭を下げて教えていただきました。そんな日々を越えてようやく8000円のハサミが1丁売れたときは本当にうれしかったですね。今でもそのお客様とはお付き合いがありますが、感謝しかありません。
顧客ゼロの期間はどれぐらい続いたのでしょうか。
岩上氏:親の貯金を切り崩しながら1社目を取り付けるまでは、半年ほどの期間を要しました。これまで使ってくれていた事業社さんも「今まで使っていたものに似ているね」と言ってくださるのですが「直徳」という刻印に見覚えがないため買っていただけなかったのです。「こういう事業社が来たら買わないように」という商社のお触れも回っていたようで、そのことも販路開拓を難しくしていました。
そのような苦しい時期をどのように乗り越えられたのでしょうか。
岩上氏:苦しいなどと思ったことはありません。顧客がいない中で、半年もの間、鍛冶職人たちは待っていてくれました。この方々に報いなければいけないし、技術を残していかなければいけない。そんな危機感と使命感から始まったので、一度も苦しいと思ったことはありません。板金事業者への販路拡大が難しいのであればと板金事業者の仕入れ先、材料メーカーの皆様に営業し、材料メーカー経由で板金事業者に販売するなど、工夫しながら営業していきました。少しずつ販路を拡大し、現在数百社の取引先を有するまでに成長することができました。
顧客のいない時期は、当然ながら電話1本、クレーム1本ありません。その時代を知っているからこそ、今ではすべてのことに感謝できるのです。今でも大切にしているのは、板金事業者さんが工場にいらっしゃることで製作の様子・姿勢を見ていただき、すべてのご意見に真摯に耳を傾け、信頼を積み重ねていくことです。

鍛冶屋に生まれた使命と責任を果たしていく
苦難の創業期を経て現在の地位を確立されていますが、そんな岩上社長にとってこれまでで一番の「ハレの日」はどのようなタイミングだったのでしょうか?
岩上氏:いい品ができたとき、そしてお客様に喜んでいただけたときですね。ですが、くもりの日、雨の日、嵐の日、そして雪の日があるから成長できる。人はすぐ怠惰になり、謙虚な気持ちを忘れてしまいます。初心を忘れず、つらい日を避けずに乗り越えていけば、それが力になって自信にもなります。そうすればお客様にも喜んでいただけて、お客様も増えていく。晴れの日につながっていくんですよ。
今日(取材日)はそんな初心を思い出すべき曇りの空模様です。今日の空は人生に例えるとどのようなものになりますか?
岩上氏:ただただ、ありがたいと思いますね。先ほど申し上げた通り、曇りには曇りの意味があるのです。すべてに感謝なんですよ。朝起きて感謝、お水を飲んでも感謝。いつも感謝を忘れずに生きていきたいと思います。

未来の晴れを実現するために最も大切にしていること、そして今後の展望についてお聞かせください。
岩上氏:私は岩上製作所の、鍛冶屋の長男として生まれました。鍛冶技術の発展・向上に寄与し、技術を伝承する使命を持って生まれたんだと思っています。板金業界に50年。業界全体の存在価値を高めながら、鍛冶職人の将来の保証・幸福を追求していきたいと思います。
取材を終えて 撮影小話
猪股:入社6年目となりますが、直徳は入社以来ずっと寄り添い育てていただいた企業です。ハサミ(鋏)1丁を販売するところから始めたというお話、改めて尊敬の念を抱きました。いつも会長にお会いしたいと思いますし、実際お会いすると自然とパワーをいただきます。会長には仕事はもちろん、人としてのあり方や原点を教えていただいていると感じています。
岩上氏:私が会いたいと思ったからといってお会いできるものでもないと思っています。大きなご縁を頂き結びつきが生まれるものだと思っていますので、ご縁を生かしていきたいと思います。猪股さんはいつも元気いっぱいで、仕事に対する熱意やバイタリティーもある。私こそ学ぶことがたくさんありますし、謙虚な気持ちや「おかげ様」という気持ちを思い出させてくれてありがたいと思っています。
猪股:そう言っていただけて本当にうれしいです! 今後ともよろしくお願いいたします!
